真宗門徒が世界平和を願うということ 懺悔も都合次第
私たちは過去において、大日本帝国の名の下に、世界の人々、とりわけアジア諸国の人たちに、言語に絶する惨禍をもたらし、佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります。
あなたの周りに、こんなすばらしいことを述べている立派な浄土真宗の僧侶・門徒がいるかもしれない。
しかし、諸手を挙げてその言葉に賛同する前に、ちょっとひと呼吸置いてみてほしい。もしかしたらその立派な僧侶・門徒は、まさにその同じ美しい口で、例えば一向一揆のことを誇らしげに語ったりはしていないだろうか。「私たちのご先祖さまは浄土真宗の信仰を護るため、武器を持って大名たちに立ち向かってくださったのです」などと嬉々として語ってはいないだろうか。
「佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔する」などとしおらしいことを言っている、まさにその同じ美しい口で、仏法の名のもとに老若男女を石山の死地に赴かしめたことを浄土真宗の輝かしい歴史として喧伝するのである。大日本帝国の戦争は悪い戦争、浄土真宗の戦争は良い戦争、とでも思っているのだろうか。一歩引いて眺めてみると明らかに変なのだが、本人たちにはまるで自覚がない。
侵略戦争の手先となって殺戮を行うことと、正法を護るため権力者に抵抗する戦いとを、同列に考えることはおかしい、とか言う人がいるかもしれない。恐らくその人が法座ではその同じ美しい口で「義なきを義とす」と説き、今日あたりあちこちのお寺で執り行われている法要で「戦争というのは正義と正義が争うものなのです」などとタニダイやガクインの教科書に載っていそうな法話をひけらかしているであろうことは、いとも容易に想像がつく。
もちろん、現実問題として戦争の大義名分が論じられることはあるし、世界はそのようにして動くものであるし、私もそんな娑婆の論理にまみれて生きている人間の一人である。正当防衛が成立すれば殺人の罪にも問われないのが世界の大方の常識であろうし、少なくとも日本の刑法に定められるところである。しかし、いのちの厳粛な事実に対して御仏がそのように娑婆的な分別をなさろうはずもない。戦争は戦争であるし、殺人は殺人だ。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』)と聞かせていただいているように、御仏の眼からご覧になれば、人間は縁によっては戦争も殺人もしてしまう愚かで悲しい存在なのだ。
どうも真宗門徒・僧侶には分かっていない人が多いように思われるので、一応念のために言っておく。一向一揆なるものを〈仏教の信仰を護るため戦国大名の圧政と戦った民衆運動〉などと自分たちにいいふうに解釈しているのは、真宗の内輪だけだ。その他の世間からは〈戦国大名なみの勢力にまで強大化した狂信的な宗教過激派集団〉としか見られていない。
私に言わせれば、大日本帝国の名のもとに東亜の解放という大義を掲げて各地へ侵攻した日本軍よりも、「進者往生極楽 退者無間地獄」の幟旗を掲げ鎌や鍬を振りかざして敵に突っ込んだ一向一揆のほうが、よほど恐ろしくて気味が悪い。しかも、後者の最高司令官が本願寺法主とは、一体どんなたちの悪い冗談なのであろうか。
われわれの大切な先祖を狂った人殺しのように言う気か、などと怒る人がいるかもしれない。その通りだ。あなたの先祖は狂った人殺しだ。知らなかったのなら、私が親切に教えてあげるから、よくよく感謝しながら聞け。あなたの先祖は狂った人殺しだ。あなたは、そして私も、世界人類の大概がそうであるように、狂った人殺しの末裔だ。真宗門徒が世界平和を願うとき、まずはそこに立たなければならない。
私たちは過去において、大日本帝国の名の下に、世界の人々、とりわけアジア諸国の人たちに、言語に絶する惨禍をもたらし、佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります。
一向一揆を懺悔する声明なんか、400年でただの一度も一言も出したことがないくせに。むしろ一向一揆を浄土真宗の栄光の歴史として威勢よく語り、各地に記念館を建てたり、企画展を開いたりして、せっせと誇示しているくせに。ほら、あなたは、仏法を護るためという大義名分さえ得れば平気で人を殺し、あるいは殺したことを鼻高々で何百年にもわたって語り継いでゆくような、とても浅ましい生き物なのだ。「深く懺悔するものであります」が聞いてあきれるしかない。
平和を愛するそのようなすばらしい真宗教団のかたちは、はっきりいって靖国神社の遊就館などよりよほど悪質で悪趣味としか思えないのだけれど、この日になると靖国神社付近で「南無阿弥陀仏」の幟旗を掲げて何やら騒いだりする真宗関係者たちは、一体何のつもりなのであろうか。少しは慙愧ということを知ったほうがよいのではないか。