今般の日本学術会議の人事にまつわる騒動を、単に菅首相の趣味的な強権発動か何かだととらえると、現実の読み解きを誤ることになるだろう。

米国移民局(USCIS)[合衆国市民権・移民局]は10月2日、共産党員および共産党員だった人の移民ビザ申請を許可しない方針を明らかにした。米政府は、中国共産党政権と中国共産党員への締め付けをさらに強化した。

合衆国市民権・移民局による政策通知は、こちら:

アメリカが入国を許可しない対象について、この文書では「共産主義政党または他のあらゆる全体主義政党の党員もしくは関係者」 (“membership in or affiliation with the Communist or any other totalitarian party”) と表現し、特定組織の名指しを避けているけれども、 “the Communist” と定冠詞付きで語頭を大文字にしていることから、特定の共産主義政党すなわち昨今の情勢にかんがみて中国共産党を指していることは明らかである。

「へー、米中冷戦って何だか激しくなってきてるんだねー。大変だねー」などと海の向こうのよそごととして呑気にかまえている人が日本に多いのは、この国での関連報道が信じがたいほどにぬるいせいだと思われるが、われわれもとっくに巻き込まれていることを認識しなければならない。他国同士の争いに巻き込まれるのは嫌だ、アメリカにヘーコラして追随するな、とか純粋な青年の主張を叫ぶ時機はもうとっくに逸している。

そう、日本もやや遅ればせ気味ながら動いているのだ。

政府は来年度から、大学への留学生や外国人研究者らにビザ(査証)を発給する際、経済安全保障強化の観点から審査を厳格化する方針を固めた。安全保障に関係する先端技術や情報が、留学生らを通じて中国などに流出しているとの懸念があるためだ。

こうなると「日本でもついに中国人排斥がー! 右傾化がー! スガがー!」などと喚く人が出てくるわけだが、ボケも大概にしろと言うしかない。普通に新聞とテレビを見ているだけだと「サイレント・インベージョン」だの「ファイブ・アイズ」だの「クアッド」だのという言葉にも出くわさないので仕方がないけれど、自分の日常とは関係ない話などと思わずにちょっとは世界のことを知るべきだ。

時を巻き戻して2カ月ほど前には、こんなニュースも:

原子力やレーダーなど軍事転用可能な先端技術の海外流出を防ぐため、日本の全国立大86校が輸出を管理する専門部署を設置、関連規定を策定したことが、[8月]11日までの文部科学省への取材で分かった。中国による技術情報の窃取を問題視する米国が同盟国にも規制強化を呼び掛ける中、多くの留学生を受け入れ、外国企業との共同研究も増加傾向にある日本の大学における管理強化が課題となっていた。

こんなことを86もの大学が自主的に手を取り合ってサクサク進めるはずがないので、政府が動いていたことは容易に察せられる。アメリカからのささやきも聞きつつ国家安全保障局がちゃんと仕事をしていたと考えられるけれども、その具体的な内容は特定秘密に該当するに決まっているから、開示しろと騒いでも明らかにされるはずもないので騒ぐだけ無駄だ。

自民党の甘利明税制調査会長は8月6日のブログで、中国が世界から技術を盗み出そうとしていると、米国で大スキャンダルになっている「千人計画」に、日本学術会議が積極的に協力していると批判している。北朝鮮の核開発にも、日本の大学の研究者が貢献したと疑われているくらいだ。

文科省をはじめとする政府機関は、この状況を放置してきた。だが、米国と中国の対立が激化するなか、日本の企業、大学、研究機関、さらには研究者個人に至るまで、無神経でいると世界の研究網から排除されたり、留学や学会のためのビザも拒絶されかねない。

少しは分かっておくべきではなかろうか。世界は、良くも悪くも、つながっているということを。

ついでながら言っておくと、野党が日本学術会議の人事の件を徹底的に追及すると息巻いているらしいけれど、やめたほうがよい。世論の動きを読み間違えている。もうこの件では報道媒体による政府批判の熱も急激に冷えており、近いうちに一斉に手のひら返しが始まるだろう。野党はモリカケサクラに戻っておいたほうが、まだ傷が浅くて済むのでは。