赤い服のお嬢
10月下旬から新しい相棒となった彼女に、いささか手を焼いている。問題を作り出しているのは私のほうともいえるのだが。
彼女の──おっと、名前を書くのは控えておこう。近ごろ変にはやっているキラキラネームみたいな感じで、彼女も自分でこれがあまり好きではないらしい。
ここでは彼女のことを、そう、やはり「お嬢」と呼んでおくことにしようか。ふだん私が彼女を呼んでいるように。
私は相棒を選ぶ際に、見た目はあまり重視しないたちだ。能力があればそれでいい。そもそも、小ざっぱりとした身ぎれいな相棒候補なんて、私が条件検索しても見つかったことなどない。しかし、お嬢は初めての例外だった。
まずデータを見て驚いた。経歴や資格に問題がない上に、添付されている写真が、目の覚めるような赤い服の似合うなかなかの美形である。これは何かの間違いではないのか、記載事項に誤りがあるのではないかと、私は情報提供元に問い合わせたのだが、情報は確かだとのことだった。ちなみに、のちのち聞いた話だけれども、私のあとに同じように問い合わせた者が2人いたらしい。たまたま最初に問い合わせをしたのが私で、しかもその時すぐ面接のアポを取ったため、結果的にお嬢は私の相棒に確定したのだった。
面接で初めて実際にお嬢を見た時は、しばらく仕事をしていなかったとかでそのままスッピンで現れるという非常識さにいささか驚かされたものの、やはり素材が美人であることは揺るがない。その後、私の新たな相棒に決まった彼女がうちにやって来てから、私は、せっかく素がいいのだからと、ちょいとばかり金を渡してエステに行かせてやった。
──思えばこれが間違いだったのかもしれない。
しっかり美容の手入れをされたお嬢は、まさにまばゆいばかりに美しくなった。これでしっかり仕事もしてくれるのだから、最高の相棒である。
私が満足して喜んでいると、ある時お嬢が上目遣いで、
「ねえねえ、新しい靴が欲しいんだけど」
なるほど、確かにお嬢の足元はきれいとはいえない。すっかりきれいになった彼女であるだけに、足元のボロさが嫌でも目立つ。しかし、私もこのごろは何かと出費がかさんでいるので、ほいほいといい靴など買ってやれる状況ではない。
「君の靴はまだ履けるだろう。靴底がそんなに擦り減ってるようにも見えないし」
私のこの一言が、お嬢をブチキレさせてしまった。
「はぁ? あんた馬鹿ァ? 靴底が擦り減ってないからいいだろうって、女の靴を何だと思ってるの?」
「何だと思ってるって、靴だと思ってる」
「ふざけないでよ。わたしは毎日このボロ靴で走り回って、世間に見られてるのよ」
確かに、女心を理解しない私が悪かった。髪から爪先まできれいでありたい、きれいに見られたいというお嬢の気持ちはもっともだ。きれいな彼女にはきれいな靴が必要だ。
「分かったよ。今度新しい靴を買おう」
お嬢はすぐに機嫌を直してくれた。
「やったぁ。ありがとう。えっとね、ゴールドの塗りに赤のラインが入ったやつがいいな」
これには私がちょっとカチンときた。
「ふざけるな。そんなのいくらすると思ってるんだ。セレブじゃないんだぞ」
「分かったわよ。じゃあ、モンツァのバーニーにミシュランでいいから」
「でいいから、じゃないだろ。何でいちいちそう高いものを欲しがるんだ? イエローハットのスポルトアベリアとエコファインで十分だ」
「ひっどーい。わたしにイエローのPBを履かせようっていうの?」
「安心しろ。イエローハットのオリジナルは安い上に評判がいい。エコファインは事実上ダンロップみたいなもんだという話だし。何ならスポルトアベリアの代わりにスポルトクローネにしてもいいぞ」
「そういう問題じゃないわよ。イエローで買うにしても、せめてウェッズかトピーにしてよね」
「わがままばかり言うな。いい加減にしないと痛車にしてやるぞ。初音ミクのラッピングとかされたいか?」
「妙な趣味を押し付けないでよ、この変態」
「変態って、おい──」
「あ、そうだ、あんたさっき、わたしがシャワーから出たあと盗撮してたでしょ。この変態」
「盗撮?」
「ちょっと見せなさい」
あっという間もなくお嬢は私のスマホをふんだくり、写真アプリを立ち上げてスクロールしてゆく。
「ほっらー! わたしのお尻から足を写してるぅ! この変態! スケベ!」
「あのなぁ、どこの世界に君の尻と足を見て興奮する男がいるんだ?」
「カーマニア」
「少数の特殊な例を持ち出して一般化するのはやめろ。それより、この写真をちゃんと見てみろ」
ほら、ここだ、と私は指をさす。
「君の靴底のサイドだ。ここに『4418』って刻印されてるよな」
「『4418』が、何?」
「何、じゃなくて。『4418』ってことは、タイヤは作られてからまだ2年ちょっとしかたってない。君の前のオーナーがおととし買ったタイヤのはずだ。覚えてるだろ?」
「何となく」
「2年しかたってないのに履き替えって、それだけでももったいないのに、新しいのは安物じゃ嫌だとか文句を言うのか?」
「えーっ、でもでもぉ、2年しかたってないけどぉ、溝が──」
「溝は6ミリ以上ある。このあいだ君が居眠りしてた隙に測った。あと1万キロはいける」
「え、じゃあなに、わたしにあと1万キロ我慢しろっていうの? この錆だらけの鉄ホイールを引きずって?」
「そうは言ってない。新しいのを買ってやるけど、安物でも納得してくれという話だ。安くてもそれなりにいいものを見つけるから」
お嬢はちょっと黙って考えているふうだったが、やがて小さくうなずき、
「しょうがないな。えっとー、じゃあ、とりあえず安いのはスタッドレスにして、春になったらノーマルのほうを──」
「やかましい」
やれやれ、お嬢にクリスマスプレゼントを用意しなければ。手のかかる相棒であることよ。