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2011年春のこと。広島原爆の被爆者・被曝者たちを見たという体験だけがウリの医師(といっても被曝医療等の研究実績があるわけではない普通の内科医)が、同年秋から翌年春にかけて東北地方で「ホーシャセンの病気」がたくさん出てくる、と予言した。

年は変わり2012年になり、季節は春から夏へと移っていったが、何も起きなかった。

当然その医師は「どうやら私の予言は外れたようです。私が勝手に心配していたような事態にならなくてなによりでした。大変お騒がせしました」と言うのだろう、と思っていたら、今度はこんなふうに脅迫し始めたという:「今小学校に通っている子供たちが高校生になる頃に、いろいろ症状が出てきます」─。

当時の小学生の中には、今はもう高校生になっている子たちもいるのだけれど、何ごとも起きていない。起きる気配もない。甲状腺検査の結果が出るたびに、(現時点でも完全に確定的ではないにせよ)原発事故に由来する被曝による健康影響はなさそうだという考えを補強する材料ばかりが増える。カツドーカたちが言うには、トクテーヒミツホゴホーによって福島の悲惨な事実が隠蔽されているとかいう話(カツドーカにとって都合のいい話が出てこないのは、とにかくすべてトクテーヒミツホゴホーのせいということになっている)であるが、当の福島の人々からそんな声は聞こえてこない。

ところで、その医師の著書を1冊読んでみたことがある。趣旨を一言でいうと、広島で起きたことが福島でも起きるという脅迫であったが、文系の私が読んでも明らかにでたらめと分かる内容(高校の物理を復習すればすぐにでたらめと分かる程度の、つまり高校生でもちゃんと勉強していればでたらめと分かる程度の内容)で、最初から最後までツッコミどころだらけのひどい本だった。まあ、よくも恥ずかしげもなくあんな本を出せたものだ。広島で起きたことというのは、具体的には例えば奇形児出産の増加などらしいが、それはどんな調査結果に基づくのかと思いきや、情報源は当時産婆から聞いた噂話だというのだからぶったまげるしかない。

原発事故から5年。現在2016年春である。あの恥知らずはどこへ行ったのだろう。

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2012年春のこと。愛知の某大学の特任教授である某資源材料工学者は、'15年春には日本じゅうがホーシャノー汚染されて住めなくなる、との予言をブログで披露した。原発事故以来あちこちの講演会に引っ張りだこだった、あの人である。

この工学者の話法は至って単純だ。悪玉は政府、自治体、NHK、専門家であり、自分の主張にけちをつけてくる連中はみなその悪玉の一味なのだという。二言目には「子供を守ってください」と悪魔の呪文を唱えるので、子を持つ親(の中でも特に頭の軽い人々)はこれで簡単に思考停止に陥り「センセーさまのおっしゃる通りにしないと子供が危ない!」と狂いだしてしまう。本来は、子供を守るためにこそこういうデマは遠ざけなければならないのだが。

話は前後するが、2011年秋、東京都世田谷区内で高い数値の放射線が観測された時、その工学者はさっそくブログで「福島から飛んできた『死の灰』によるものです」と断定し、例によって「政府、自治体、NHK、専門家にだまされないように」と煽った。結局、世田谷の放射線は原発事故とは関係のない事象であることが明らかになり、彼はブログのやばい文言をこっそりと差し替えてまるっきり趣旨の異なる文章に書き替えた。そのことに批判の声が上がると「みなさん、物事は科学的に考えなければなりません。個人攻撃をする人たちに影響されないようにしてください」などと筋違いなことを言い立てた。

さて、その工学者は講演会でたんまり稼いだことだし、2015年春ともなればもう潮時、例の予言について何らかの釈明をするだろうか、と思っていたら、何と、予言の撤回も訂正もする気がないのだそうだ。彼の予言が間違っていなかったのだとすれば、日本で普通にわれわれが暮らし続けていて何の支障もないというこの現実のほうが間違っているのだろうか。われわれはみな夢を見ているのであろうか。

原発事故から5年。現在2016年春である。あの恥知らずはどこへ行ったのだろう。

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上記のような恥知らずども(ただしここに挙げた2人に限らない)は、あるいは安っぽい自己実現のために、あるいはセーギの政治的目的のために、あるいは商売のために、福島差別を助長し利用しただけだ。そして、彼らの与太話に踊らされた人々もみな同罪である。自らの愚かさと浅はかさを自覚し恥じなければならない。