新型コロナウイルス対策をちゃんとしていたのに感染してしまった、という話をニュース・サイトで見かけることがある。特にデルタ株が広がってからは増えた。その手の記事を見るたびに、私は苛立ちとともにため息をつくばかりだ。なぜなら、どの記事も私の欲しい情報をなにひとつもたらさないからである。有り体にいって、マスコミがまるで役に立たない。

「対策をちゃんとしていたのに感染してしまった」事例について、私が知りたいのは、例えば以下のような情報だ:

  • 厚労省、WHOなどの指導の通りに正しい手洗い方法を実践していたか。まず出勤して会社に着いたら始業前に手を洗い、外に出て戻ってきたら手を洗い、トイレのあとに手を洗い、そして帰宅直後に手を洗っていたか。なお、手指消毒液をシュッシュとやるだけというのは、手洗いのうちに入らない。
  • 2メートル以内で人と会話をする際に必ず双方がマスクを着用していたか。マスクはきちんと鼻まで覆って着用していたか。
  • 会食はしていなかったか。昼休みに同僚と食事をしながら会話したりしていなかったか。ちゃんと一人で黙って食事をしていたか。なお、飲食店のテーブルなどに置いてある簡易的なパーティションは意味をなさない。
  • 少なくとも帰宅後すぐに、スマートフォンの手で触れ得る部分を除菌していたか(特にディスプレイ)。

これらの必要な情報を、しかしマスコミはまるでもたらしてくれない。「対策をちゃんとしていたのに感染してしまった」という本人の〈自己申告〉をそのまま記事に書き写し、感染力に強いデルタ株に対する恐怖心を煽るだけ煽ることしかしない。もちろん、感染力の強いウイルスに対する警戒を促すことは必要だが、こういうのは〈正しく怖がる〉ことが大事なのであって、その点でマスコミは全く何の役にも立っていないどころか、むしろ弊害がある。

特定のどの媒体のどの記事が悪いということではない。大概の媒体の大概の記事がそうなのだ。ただ、最近たまたま、端的に分かりやすい例を見つけたので、一応例示しておく。

男性は、社用の東京出張から戻った後、調子を崩した。「都内では外食せず、ホテルでコンビニ飯。用心していた。どこでもらったのか分からず、事故に遭ったようなもの。‥‥」と話している。 ─(略)─ 東京で立ち寄ったのは、ホテル、コンビニ、ファストフード店。人がいるところでマスクを外したのは、帰りの新幹線乗車前の、客のまばらなファストフード店(店内でコーヒーを1杯飲んだ)と、新幹線の車内の喫煙コーナー(定員2人)ぐらいだった。

東京に行って帰ってきただけで感染していたということを強調し、首都圏での感染拡大をおどろおどろしく書いている、いかにも田舎の新聞といった風情であるが、冷静に全文を読んだ人なら変だと思っただろう。この記事には、感染した男性が手を洗っていたかどうかがただの一言も書かれていない。

私は別に粗探しをしているのではない。感染症予防の基本中の基本、イロハのイ、イの一番として、まずは手洗いが重要であることは、少なくともこの1年半のコロナ禍の中で普通にまともな情報を収集していれば当然分かっているはずのことである。上記記事に出てくる感染者男性についても、私がまず知りたいのは、彼が正しい方法でまめに手を洗っていたかどうかだ。「ホテルでコンビニ飯」を食べる前に、ちゃんと手を洗っていたかどうかだ。しかし、記事では手洗いのことが一言も触れられていない。外出や外食がどうこうという以前に最も肝心なことが書かれていない。

実際に彼はちゃんと手を洗っていたのか、いなかったのか、書かれていないから分からない。しかし、書かれていない以上、読む限りでは、彼は手を洗っていなかったのではないか、そして記者も手洗いの重要性という基本を今時まだ認識できていないほど浅はかなのではないか、と思ってしまうのは当然である。

他の媒体も似たり寄ったりで、マスコミはこういうのばかりだから本当に役に立たない。こんなふうに煽るだけの記事を垂れ流すくらいなら、専門家の見解をおかしな編集なしに伝えるだけにしてくれたほうがはるかに有意義だ。