【永久保存版】電話作法原論 マナー屋は寝てろ
はじめに
最初に断っておきたいのは、本稿はあくまでも友人知人との私的な電話一般についての原則を述べているということです。業務が関わる電話の場合、容態は様々ですが、本稿の論は当てはまらない場合が少なくないでしょう。従いまして「そんなこと言ったって仕事の電話だったら──」といったたぐいの意見は、ここでは一切無用です。繰り返しますが、本稿はあくまでも友人知人との私的な電話一般についての原則を述べていることを、確認しておいてください。
電話に出たくないときに出る必要はない
かなり昔ですが、ある夜私が自宅でテレビを見ていた時に携帯電話が鳴りました。私はそのテレビ番組を見続けたかったので、電話を無視しました。番組を見終わってから電話の着信履歴を見たところ、友人の斎藤(仮名)からであったことを認知しましたが、彼は留守録にメッセージを残していませんでした。
翌日また斎藤から電話がかかってきました。この時は私の手が空いていたので電話に出ましたが、斎藤が不機嫌そうに「昨日電話したんだぞ」と言ってきました。「ああ、かけてきてたね」と私が応じると、「何で出なかったんだよ」と訊くので、「見てたテレビが途中だったから」と答えたら、さらに不機嫌な口調で「何だそりゃ。どうでもいいけど、何で俺がかけたのが分かってたのに、かけ直してこないんだよ」などと言います。そこで私が「だって俺は別にお前に用事はなかったし」と返したら、ふざけんじゃねえよと彼は怒ってしまいました。
これは、怒った斎藤のほうには全く理がありません。
まず、基本的に電話とは、かける側の都合だけで勝手な時にかけ、相手の生活に一方的に割り込むという、かなり無礼な道具です。その意味において電話は、手紙、ファクス、電子メール、ショートメッセージなどとは異なる性質を持つ通信手段といえます。そして電話を受ける側にしてみれば、予告もなくいきなりかかってくるのですから、出られないとき、出にくいとき、出たくないときというのは当然あるもので、そういうときに無理して出る義務など負っていません。出るにしても〈しょうがないから出てやる〉という態度でよいのです。出なかったからといって怒られる筋合いはなく、むしろそれで怒るお前は何さまのつもりかという話です。こちらが電話に出られないとき、出にくいとき、出たくないときに、勝手に電話をかけてくるほうがいけないのでは。斎藤の例でいえば、私が見たいテレビ番組を見ている時に電話をかけてくる彼がいけないのです。
そんなことを言われても、電話をかける相手の都合など、かけてみなければ知りようがないではないか、と思う人もいるでしょう。だったら、あらかじめアポを取ればいいのではないでしょうか。電話をかける相手にどうしてもその時に出てほしいのなら、先にきちんと日時を定めてアポを取るべきでしょう。人の家を訪問する場合と同じです。ふだんLINEやショートメッセージなどでのやりとりが多いデジタルネイティブ世代は、こういう点をよくわきまえており、いきなり電話をかけたりせず、まず「今、電話してもいい?」とメッセージを送ることを半ばエチケットとして共有しています。これはぜひ中高年も見習うべき点です。
誤解しないでほしいのですが、私は別に、電話をかける前に必ずアポを取れと言っているわけではありません。アポなしで電話をかけたって一向にかまいませんよ。現に私だってアポなしで電話をかけることのほうが普通です。ただ、事前にアポもなく自分の勝手な都合で勝手な時に電話をかけるからには、相手が出ないからといって怒れる立場ではない、と言っているのです。自分が電話をかけたときに相手は必ず出るべきだ、などとは何さまのつもりなのでしょうか。
大事な用や急用かもしれないし、電話がかかってきたら無理しても出るべきだ、と言う人もいるでしょう。しかし、大事な用や急用の電話であれば、慌てて出なくても、どうせ少し時間を置いてからまたかかってくるでしょうし、あるいは留守録にメッセージを残してくれたりするはずです。留守録メッセージなどもなくただ一回かけっぱなしの電話が、大事な用や急用であるわけがありません。
着信履歴に折り返してかける必要はない
着信履歴を認知したら折り返してかけるのがマナーだ、と言う人がよくいます。先に引き合いに出した斎藤との例であれば、私がテレビ番組を見終わったあと、斎藤からの着信履歴を認知した時点で、彼に折り返してかけるべきだった、それがマナーだ、と言うのです。そんなおかしなことを言う人が、世の中には本当に不思議なくらいに多くいるのです。もちろん、そんなマナーなどあるはずもなく、着信履歴に折り返す義務はありません。
厳密にいうなら、着信履歴が1件あるだけで、留守録やショートメッセージなどによるフォローもなく、状況的に用件の見当がつくわけでもない場合は、あえて折り返す必要性を覚えません。
大事な用や急用であれば、着信履歴がポツンと1件残されているだけということはあり得ません。先に述べたように、留守録にメッセージを残していたりするはずです。あるいは、短時間に何回かの着信が続いていたりすれば、先方が何かのっぴきならない非常事態にあるのかもしれないと推察して電話をかけてあげることもあり得ますけれど、履歴1件だけならそうは考えられません。
着信履歴に関しては、分かりやすい実例を経験しているので言及しておきましょう。ある時、どういうタイミングだったか忘れましたが、携帯電話の画面を見たら友人の竹中(仮名)からの着信履歴が1件あることに気づきました。その日の私はゆとりがあったので、遊びの誘いなら乗ってもいいと思い、うっかり履歴に折り返してかけたところ、彼の用件は「金を貸してくれ」というものでした。当然断りましたけど。
竹中との電話では、私が着信履歴から折り返して発信したため、通話料を負担したのは私です。竹中は着信履歴を残しただけなので、通話料は一円も払っていません。私が通話料を負担してわざわざ彼に電話をかけてあげて、彼の「金を貸してくれ」というふざけた用事を聞いてあげた、という顛末です。しかも、彼があれこれ事情を話し、何月何日には確実に返せるから少しでも金を貸してくれないかと粘り、私としても友人との電話をガチャ切りするわけにもいかず、それなりに通話時間が伸びてしまい、5秒や10秒のことではありませんでした。今思えばさっさとガチャ切りしておくべきでしたが。
わざわざ言うまでもありませんが、通話料は用事のある側が負担するのが筋というものです。用事のある側が通話料を負担して電話をかけ、相手に出てもらう、というのが基本です。着信履歴があったら折り返すのがマナーだなんてことになると、まさに竹中と私の電話みたいに、用事を聞かされる側が通話料を負担してあげるという理不尽なことになってしまいます。だから、状況的に用件の見当がつくわけでもなく、どんな用なのか知れない場合は、着信履歴に折り返す必要はありませんし、むしろ安易に折り返さないほうがいいのです。
そうはいっても、電話をかける側にしてみれば、かけてもつながりにくい人、つながりにくいときというのはあるもので、何度もかけ直すのはどうなのかということもありますから、ちゃんとした用件がある場合は折り返し連絡が欲しいのも当然です。そんなときは、もう何度も書いてきたことですが、留守録などのメッセージでその旨を伝えればいいでしょう。〈本来は当方が通話料を負担して電話をかけるべきところ、恐縮だが、やむを得ないので折り返しを〉という意味を込めて「○○の件で話したいことがあるので、都合のいい時に連絡を下さい」というふうにメッセージを残せばいいのです。マナーと言うのならそれこそがマナーでしょう。自分からの着信履歴が1件あれば、相手が無条件で通話料を負担して折り返しかけてくるのが当然だ、などとはどれほど偉いつもりなのでしょうか。
ところで、着信履歴に折り返さないで放置しておくことに抵抗感のある人もいるかと思いますが、そんな人に勧めたい手があります。折り返しでワン切りするという方法です。〈今なら電話に出てやってもいいから、かけるなら今かけてこい〉という意味のワン切りです。また、それによって相手のほうにこちらからの着信履歴が付くので、〈お前からの着信履歴を無視しないで一応折り返してかけてやったぞ〉という形跡を残すことができます。これ、実は私が実践している方法です。着信履歴しか残さない人に対しては、着信履歴だけ残す形で返してやればいいのです。もし相手がそのことに気づいて、なぜワン切りにしたのかと訊いてきたら、相手が着信履歴しか残していなかったからと言えばいいだけです。なお、実際は、迷惑電話対策でワン切りが着信履歴に残らないような設定をしている人もいるらしいので、ツー切りぐらいにするのがいいですかね。
終わりに
そもそも携帯電話が普及する以前の時代、設置電話には着信履歴の機能などありませんでした。折り返し連絡が欲しい場合は留守録にメッセージを残すしかありませんでしたし、そうしなければ折り返しの連絡など来るはずもありませんでした。そして、折り返しの連絡を求めるほどの用件でもないときや、再度自分からかけるつもりのときは、わざわざ留守録メッセージを残しませんでした。
1990年代半ばから携帯電話が普及し始め、やがて着信履歴を表示する機能が付くようになってから、だんだんおかしな風潮になってきました。携帯電話は設置電話と違って外出中でも手元にあるのだから、鳴ったら出るのが当然だ、どうしても出られなかったらなるべく早く着信履歴に折り返してかけるのがマナーだ、と。全く何を寝ぼけたことを言っているのでしょうか。そんなのはマナーでもなんでもありません。
私が携帯電話を持つようになったのは、いつでも電話に出られるようにするためではありません。いつでも電話をかけられるようにするためです。そして、私が電話をかけたときに相手がいつでも出るのが当然だなどと思いませんし、出なかった相手が数分後に無条件かつ自動的に折り返し連絡してくるのが当然だなどとは思いません。おかしな「マナー」を言う人は、自分がどれほど傲慢なことを言っているのかという自覚はないのでしょうか。
最後に、世の中はアレなのが多いのでもう一度書いておきます。本稿はあくまでも友人知人との私的な電話一般についての原則を述べていいます。「そんなこと言ったって仕事の電話だったら──」といったたぐいの意見は、ここでは一切無用です。業務の電話対応については、一般的にビジネスの作法として言われることのほか、各企業の方針やマニュアルによりますから、別途そういう資料を参考にしてください。