昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第32回「誰がために書く」では、前回からの流れでまひろ(紫式部)の書く『源氏物語』がだんだんと評判となり──というふうにうまくはいきませんでした。

内裏というのは、帝や貴族が歌を詠み音楽を奏で優雅に暮らしているだけの場ではなく、それ以前に政治の舞台ですから、諸方面の権謀術数がめぐらされているのです。ちょうど総裁選の幕が切って落とされようとしている目下の自民党みたいなものですな。まさしく藤原為時が言っていたように、内裏は華やかな場であるが恐ろしい場でもあるのです。

そんな所へ、まひろが娘の賢子を連れて出仕するというのは、かなり難しいことですね。藤原道長が賢子を女童として召し抱えてもよいと言っていましたけど、藤原北家みたいに権力に近い家に生まれた子とは違いますから、そう簡単な話ではないと思います。まあ、あの賢子も将来は母親と同じく藤原彰子に仕えることになるのですけどね。

余談ですが、史実の賢子はのちに大弐三位と呼ばれることになる人で、母親の才能と父親(藤原宣孝)の遊び心を受け継ぎ、恋に仕事に華麗な立ち回りを演じる女性となりました。母親とはまるで正反対で。

さて、かくして恐ろしい内裏という場へ、まひろは単身乗り込むことになります。前回においていわば同人作家から職業作家へと転身したまひろは、創作意欲は湧いていたものの、自分が何者で何をなすべきかということがいまいちはっきりしないまま月日を送ってきたようです。しかし今回、中宮彰子への出仕を前にして為時から言われた「お前が女子であってよかった」という一言が、すべてを定かにしました。この台詞は、幼い頃から学問が得意だった紫式部に為時がいつも「残念なことだ、この子が男子でないとは、私は運がないものよ」と言っていた、ということに基づくフィクションですが、なるほどうまい捻りだと感心しました。

政は男の領分であり、女たちはサロンで遊んでいればよいという社会にあって、まひろは女性ながら早くから世の中を良くするための政に関心を持っていました。女性も物語の筆を武器にして政に関わることができる、女子であってよかった、という道が開きかけたのが今回だったといえるでしょう。一条天皇も、かつて一度だけ会ったことのある〈政に関心のあるおもしろい女子〉のことを覚えていました。とはいえ、これから内裏は何かとめんどくさいことになっていきますけどね。