昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第34回「目覚め」では、藤式部(紫式部)の『源氏物語』執筆が進み、「空蝉」のところどころがいろいろな人によって朗読されました。

当時は本屋に行けば本が買えるわけではありませんので、写本が手に入るのを待つしかありません。写本作業にはそれなりに時間がかかりますし、そもそも紙が貴重です。ということで、仕えている姫さまからのお下がりなどで運良く希少な写本が手に入ったら、数人が集まって朗読会となります。一人が朗読して周りがそれを聞くという場面が今回出てきましたが、まさにあれです。「空蝉」の写本がすでにいくつも出回って評判になっているということは、藤式部は目下「夕顔」あたりまで書き終えている頃のはずです。もっとも「夕顔」は、先行して書かれていた読み切りものの手直しだったという説がありますから、事実上の執筆は「空蝉」から飛んで「若紫」に進んだとも考えられます。

「若紫」──そう、あの巻です。あのくだりが生まれる時がついに来ました。藤式部が幼少の頃に藤原道長と出会った時のことを思い出し、もし彼のそばで生きてくることができたらどんな人生だったかなどと考えつつ、庭の雀と女房の姿をぼんやりながめていた時に、かの名場面は降ってきました。

「雀の子を犬君いぬきが逃がしつる。伏籠のうちにこめたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。
[『源氏物語』]

本作では「『雀の子を犬君が逃がしてしまったの。籠を伏せて閉じ込めておいたのに』と、たいそう悔しそうにしています」と訳されていました。

『源氏物語』最上のヒロインが満を持して登場です。光源氏が生涯を通して最も愛した女性、しかし嫡妻にはなれなかった女性、それが紫の上(若紫)です。藤式部は、もしかすればあり得た自分のもう一つの人生を、紫の上に投影させたということですね。これは第1回から何となく想像のついた筋ではありましたが、こうして見事に伏線が回収された今回は感慨深いものがありました。