『源氏物語』が「宇治十帖」に入るところに合わせた二人の停滞と再起
昨夜のNHK大河ドラマ「光る君へ」第42回「川辺の誓い」は、藤式部(紫式部)の執筆する『源氏物語』で光源氏が亡くなるところへ差しかかるタイミングに、藤原道長が病気で気弱になっているところを重ねてくるという、とてもうまい作りになっていました。
『源氏物語』はもう役に立たなくなったなどと、道長からずいぶんひどいことを言われた藤式部は、作中にこの一首を綴っていました:
もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に年もわが世もけふや尽きぬる
これは「幻」の帖に出てくる、いわば光源氏の辞世です。和歌の内容からも分かるように年末近くに詠まれたもので、「わが世もけふや尽きぬる」と聞くとまるで死にかけているみたいですが、出家の準備をしていることをそう表現しています。
年が明けると光源氏は出家するという運びなのですが、出家やそののちのことは『源氏物語』には書かれていません。「幻」の次は「雲隠」の帖となっていまして、この「雲隠」は巻名だけが伝わっていて中身が分からないという不思議な巻です。ドラマでは、道長から「源氏の物語ももはや役には立たんのだ」などと言われた藤式部が「幻」に「もの思ふと‥‥」と書く場面が来まして、そのあとに「雲隠」の2文字だけを書いた紙を一枚残して里下がりするという流れになっています。藤式部としては『源氏物語』脱稿のつもりだったのですね。もう、めちゃくちゃうまいですよ、この脚本。
藤式部は筆を置いて内裏を離れ、同時に道長は病床に臥せて左大臣の辞表を出したりするのですけれども、しかし我々の知っている歴史の通り道長の栄華はまだまだこれからです。いったん筆を置いた藤式部と、病ですっかり弱気の道長は、宇治の川辺で再起を期します。藤式部が置いた筆を再び手にした時、そこから紡ぎ出されるのは「雲隠」の次の帖である「匂宮」──光源氏の子供たちの代の話となります。
ということで、次回予告では藤式部の娘である藤原賢子(のちの大弐三位)をめぐるスピンオフ的な物語を期待させるのでした。