有給休暇を取れない会社などない
いわゆる会社勤めをやめて十数年になるが、この立場になってみると会社員のほうがものすごく恵まれていると思わされることの一つが、年次有給休暇(有休、年休)という制度である。いかんせん、フリーランスなんぞは自分が休んだら仕事をカバーしてくれる同僚がいるわけではないし、休んだ分は当然無給だ。長めの休みを取って旅行に出かけるなんて場合は、それこそ半年前から関係諸方面に打診し、2〜3カ月前には〈仕事を受けない期間〉として確定させなければならない。
さて、フリーランスから見ればうらやましい限りの、会社員の特権ともいうべき有休であるが、なぜかこの国では有休を取らない人が多いということに驚かされる。なぜあんなすばらしい制度を活用しないのかが不思議でならない。私は会社員時代には有休をしっかり取っていたし、退職する際には残りの有休を消化しきった。
「それはお前がいたのがそういう会社だったからだよ。うちの会社は有休なんて取れないよ」──そう言われたことは何度もある。もう耳タコだ。有休を取れないなんてことはあり得ない。なぜなら、有休は法律で保障された権利であるし、どこの会社にもその規定があるはずで、なければ違法だからだ。そこで「有休を取れない」と言っている人の話をよくよく聞いてみるのだが、大概は有休を〈取れない〉のではなく〈取らない〉だけというのが実情である。
「確かに制度上は有休ってものがあっても、うちの会社は取れる雰囲気じゃないんだよね。実際、みんなあまり取らないし」─。まあ、それはそうだろう。あなたみたいな社員ばかりだから、そういうおかしな「雰囲気」の会社になる。あなたは有休を〈取れない〉のではなく、「雰囲気」とかいう実体のない意味不明なものを理由にして〈取らない〉だけであって、自分が〈取らない〉ことによって全社的に〈取れない〉という「雰囲気」をますます強くすることに貢献して自分の首を絞めているただのアホである。有休は取りたければ取ればいい。たいてい職場の「雰囲気」なんて結構単純なもので、一人が思い切って穴を開ければガラリと風向きが変わる。私が昔いた会社も、思い切って穴を開けた先輩のおかげで変わった。
「有休の申請を上司に出しても、許可してくれないんだよ」─。許可してもらう必要はない。そもそもそこから勘違いしている人がやたら多いのだが、有休を上司に〈申請〉したり〈許可〉してもらったりする必要はない。「有休を取る」という〈届け〉を出せばよい。会社が用意している書式も「申請書」などではなく「届書」になっているはずだ。ついでにいうと、有休を取るに当たりその理由等を会社側が問いただしたりしてはいけないことになっているので、届書の「事由」欄には一言「私用」とでも書いておけばよい(私はそうしていた)。
たとえ上司が届書に印鑑をついてくれなくても、少なくとも口頭では〈届け〉を済ませているから、予定通り有休を取ってよい。そのままにしておいたら、総務・人事のほうから後日「この社員の出勤していない日の処理がされていないが、どうなっているのか」と探りが入るので、困るのは上司のほうである。つまり、理解の悪い上司はあんな言葉やこんな言葉で部下を恫喝して有休を取らせまいとするかもしれないが、実際のところ上司は部下の有休の届けを拒む権限など持ち合わせていないため、有休は取りたければ取ればいいだけなのである。
「有休なんか取ったらクビになっちゃうよ」─。もしそれが本当なら、あなたの会社は立派にブラック企業だ。労基署案件である。法的手段に及ぶことを念頭に、常日頃から証拠をそろえておくべきだし、上司との会話も録音しておくべきである。もっとも、課長級程度には自分の一存で部下をクビにする権限などないから、「有休なんか取ったらクビだぞ」なんてのは幼稚な恫喝だと思って腹の中で笑っておけばよいと思うが。むしろ逆に「有休を取らせてもらえないなら会社を辞めます」と言って上司を青ざめさせたという新人の話のほうが参考になるだろう。
「そんなに大仰なことをしてまで有休を取ろうとは思わないよ。上司との関係も悪くしたくないし」─。まあ、それも一つの選択であろう。ただしその場合、あなたは有休を〈取れない〉のではなく、自身の選択として〈取らない〉という判断をしただけであることを忘れてはいけない。「うちの会社は有休が取れない」などと嘘をついてはいけない。有休が〈取れない〉会社などあり得ないのだ。自分が有休を〈取らない〉だけのことを〈取れない〉と偽ってはいけない。
ついでだから最後に言っておくが、有休を〈取らない〉ことはちっとも偉くない。